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フーとハーは同じ息の温度

2016年7月24日

今回はフーとハーは同じ息の温度だという話。

あつーいラーメンを食べるときにフーっと息を吹きかけてさまそうとするでしょ。
そうかと思えば、冬の寒いとき、手にハーっと息を吹きかけて暖めようとするでしょ。

このとき口から出る息の温度は同じ。
当たり前だよね、体の中に冷却機とか暖房機とかないもんね。

だったらどうして、冷やそうとするときにフーっとやって、暖めようとするときにはハーっとやって同じ息をかけるのか?

実際やってみるとよくわかるけど…。
フーとハーは同じ息の温度のはずなのに、フーのときは少し冷たく感じ、ハーのときは少し暖かく感じる。

じゃあ何が違うのか…。

答えは吐く息のスピード。
吐く息のスピードを変化させることにより温度を変化させている。

具体的にはフーっとやるときは息のスピードが速くなり、ハーっとやるときには息のスピードは遅くなる。
そして速く息を吹きかけると周りの空気をまきこんで、その結果少し冷たい空気の流れが生まれる。
逆にハーっと遅い息を吹きかけると、ほとんど周りの空気をまきこまないから少し暖かい空気の流れができるのだ。

これがフーとハーの正体。

だから、お風呂に入っているとき何かを冷まそうとしてフーっとやってしまうと逆効果になっちゃうので注意しよう!

チョコレートケーキを平等にわける方法

2016年7月20日

なんかブログ書くの久しぶり。

高校時代の同級生が泊まりにきたり、親戚が入院したり、指定された店の場所を調べにいったり…。
なんか暑いのによく働くなーぼくえらい!

そんなわけで、気がついたらこのブログをぜんぜん更新してなかった。
というわけで今回はリハビリを兼ねてストックねたでいきまっせ!

ひとつのチョコレートケーキをふたりで分けるときの話。

まぁチョコケーキじゃなくてもいいんだけどさ…。
チョコケーキがいちばん問題になりそうかなっと思って書いてみた(笑)。

とにかくひとつの食べ物をふたりで分けるとき、どんなにきれいに分けても必ず…
「どっちが大きいか」とか「とくするほうはどっちか」
とか考えるよね。

そして相手より先に取っても、逆に残りものを選んだとしても…。
「相手のほうがとくしたんじゃないか=自分が損したんじゃないか」
って考えるよね。

でも、もうこんなことは起こらない。

なぜならこんなことが起こらないように、文句なく平和的に分けるという夢のような方法があるのだ。
今回はその方法を紹介しよう!

その方法とは…。
ひとつの食べものをふたりで分ける場合、

まずひとりがふたつに分ける。
そしてもうひとりが先に選ぶ。

これだけで文句なく平等にしかも平和的に食べ物を分けることができるのだ。

なぜだかは、少し考えればわかるよね。

仮に、ふたつに分けたとき明らかに大きい小さいがあったとしよう。
もし分けた人がそのまま先に大きいほうを選んでしまうと問題が起こるのだが…。
そうではなく、先に選ぶことができるのはもうひとりのほうなので、どちらが大きいのか吟味できる。

逆に吟味されたくなければ、自分のもてるすべての力を駆使してできるだけ平等に分ければよいのだ。
そうすれば、どっちが自分になってもOKだ。

単純でわかりやすいでしょ。

これって実は、「ケーキ分割問題」といって数学の理論で考えられたこと。
数学ってこんなことも必死に考える学問なんだよ。

おもしろいでしょ(笑)。

最後の時間

2016年7月10日

おばあちゃんと孫がスピードをしてた。

スピードって知ってる?
トランプのゲームで、普通は1対1で行なう。
あらかじめ手元に4枚おもてに並べて置き、ゲームスタートと共に中央に1枚ずつおもてに出す。
あとは中央におかれた2種類の数字に対して、プラスマイナス1になるように、どんどん手元のカードを積み重ねていく。

例えば、中央に置かれたカードがAだったら…。
プラス1で2、マイナス1でKなので、このどちらかがおける。
仮に2を置いた場合、今度は中央の数字が2になるので、Aまたは3が置ける。

スピードには手番という概念はないので、ひたすら早く中央にカードを積み重ねていく。
そしてカードが先になくなった方の勝ちである。

地方によってルールがじゃっかん違うかもしれないが、だいたいこんなかんじ。

ぼくも幼いころはまだ見えていたので、家族でやったりしたなー。
なつかしい。

最後に遊んだのはいつだったかなー。
思い出せないけど、そのときはこれが最後になるなんて夢にも思わなかった。
今はもう見えなくなっちゃったから、やりたくてもできない。

人生もきっとこうやって過ぎていくんだろうね。
あなたもやりたいことがあって、今のあなたが多少無理することになったとしてもそれができるのだとしたら、やっておこう。

これが最後かもしれないよ。

モノ作りってむつかしい

2016年7月8日

先日「イケアが北米でタンスをリコール」というニュースを読んで、モノ作りって本当にたいへんでむつかしいと改めて感じた。
どんなニュースかというと…。

スウェーデンの大手家具メーカーのイケアが、米国とカナダで3600万個のタンスをリコールすると発表したのだ

今回、リコールの対象になった製品は、MALM という商品名のタンス。
転倒したタンスの下敷きになり、これまでに子どもの死亡事例が6件、けがが36件報告されているらしい。

具体的には、子供がタンスの上にあるものを取ろうと、下の方の引き出しを引き出してその上に足をかけて上がると、前足が細いこのタンス、バランスが崩れて前に転倒するということらしい。

イケアジャパンの広報によると、MALMなど一部商品は日本でも販売されており、壁に固定して使うよう説明書に記載されているという。
また、担当者によると「日本の安全基準は満たしており、事故の報告もなく、国内ではリコールに該当しない」だそうな。

ぼくもプログラマーの端くれなんで、モノを作り上げるむつかしさっていうのはほんの少しはわかっているつもり。

モノってただ作って終わりじゃないんだよね。
まぁ自己満足でいいなら、ただ作って終わりでもいいんだけどさ…。
それだとすぐ飽きてくるんだよね。

そうじゃなくてもっと長く楽しくって考えたとき、どうしても他人とのかかわりっていうのがほしくなる。
自分の作り上げてきたものを世間に発表して、賛否関係なく評価されてみたくなったり。
同じことを考えている人と思いを共有したり。

でも、自己満足で作ったモノと他人と共有するためにつくったモノとでは決定的な違いがある。

それは、「他人のことをどれだけ考えられているのか」ということ。

わかりやすくプログラミングでたとえるなら…。
プログラムを駆使してなんらかのアプリケーションを作って公開したいと思った場合、大きく2つのプロセスがある。

1つ目は、プログラミング技術を身につける段階。
2つ目は、ちゃんと動くか確かめる段階。

1つ目は説明する必要はないよね。
問題は2つ目のちゃんと動くかというところ。

このちゃんと動くというのは…。
正しい操作ではもちろんのこと、ヘンな操作をされたときでさえもプログラムが動くかということ。

例えば、オセロのアプリケーションを作ろうとしたとき…。
普通は相手の石をはさむように自分の石を置くものだが、
いきなり角に石を置こうとしたり、すでに石が置かれているところに置こうとしたりなど…。

とにかくユーザーは、「オセロにかぎらずルールを守ってくれるとはかぎらない」ということを念頭においてプログラミングしていかなければならないのだ。

前述のイケアでも同じ。

まず、たんすを作る技術があって、
そのうえで、美しいタンスだったり、使いやすいタンスだったりを世に広めていかなきゃいけないんだけど…。

使う人によって、タンス以外の使われ方をする場合があることを考えなければならない。
今回であれば、「子供がタンスの上にあるものを取ろうと、下の方の引き出しを引き出してその上に足をかけて上がる」ということも計算する必要があったということ。

そりゃ無理だよって思うよね。

だからモノ作りはむつかしいのだ。

こんなところに蜂の巣が!

2016年7月5日

家のげんかんにどうどうと蜂の巣を作られてしまった。
ぜんぜん気がつかなかった。

思い返してみると…。
そういえば最近、散歩に行くときとかに家の外に出ると、顔の高さを飛んでいる蜂に遭遇したことが何回かあった。

最初は驚いたけど…。
まぁでも隣の家には木がたくさんあるからしかたないかな…。
とかなんとか都合のよい想像をしてた。

そんなことをしていたら…。
ある日突然、小学生の甥っ子が「蜂の巣!」と言いながら指をさすではないか。

当然、その場にいたぼくを含めた大人たちはみな驚きだ。

げんかんを照らす蛍光灯の裏側にきように作ってあったらしい。
大人の目線と子供の目線は違うのでなんともいえないが、やっぱり子供の視点はすごい。

というか、大人は何を見てたのだろうか…。

ぼくのような目の見えない人間は、ついつい目の見える人間を頼りすぎてしまう。
まぁ自分は見えなくて、相手は見えているんだから当然なのかもしれないが…。

でもぼくも昔は見えていたからよくわかるんだけど…。
目に映ってても、本人が認識していなければ見えていないのと同じなのだ。

正確に言うなら、「気がつかなかった」ということかな。

まぁ今回はハチの職人芸にやられたということにしておこう。
そんなことを考えながら、ハチの駆除スプレーを買いに行ったのだった。