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カレーパンはなぜあげてあるのか

2016年7月3日

あなたはなぜカレーパンは焼くのではなくあげられているのかご存知だろうか?

ぼくもよく知らなかったのだが、今朝テレビを見ていたらその疑問が解決したのでここに書いておく。
なぜカレーパンはあげられているのかというと…。

最初はサンドウィッチのようにカレーをただはさんで出していた。
でも食べにくいからなのだろうか、売れなかった。

なので、今度はアンパンのようにカレーを包んで焼いてみた。
すると今度は、パンとカレーとの間に空気の層のような空間ができてしまってバラバラになってしまった。

これはカレーの水分が熱せられることにより水蒸気となり、パンを中から押し上げてしまいそのままパンが固まったかららしい。
うーん、これでは商品にならない。

パンとカレーとの相性はいい。
でもひとつにまとまらない。

いったいどうすればよいのか…。
試行錯誤のうえ、パンを焼くのではなく、あげればよいのだという結論にやっとたどりつく。

パンを焼くのではなくあげてしまえば、かかる時間は短くてすむ。
短い時間であれば、空気の層はできにくいのだ。

こうしてめでたくカレーパンは完成した。
物事にはすべて理由がある。

お金は稼ぐことよりも使うことのほうが難しいという話

2016年7月2日

あなたは、
「お金を稼ぐことと使うこと、どちらがむつかしいと思いますか?」
と聞かれたらどう答えるだろうか。

きっとほとんどの人が、お金を稼ぐことのほうがたいへんだと答えるだろう。
ぶっちゃけぼくもお金を稼ぐことのほうがむつかしいと思っている。

なぜなら…
お金を稼ぐには、知性、勇気、行動力、細心、人間的魅力、運など、いろんなものがいる。
でもお金を使うのに、そのどれも必要ない。

さらに、世の中には簡単にお金を使わせてしまう仕組みがたくさんある。
いや、ありすぎると言っても過言ではないだろう。

でも、真実は逆のような気がする。
つまり、お金は稼ぐことよりも、使うことのほうがむつかしいということだ。

どういうことかというと、お金は人からいただくものなので、お金を稼ごうと思ったら、何かをして人の役に立つ必要がある。
もし人の役に立てないのならば、社会システムに頼るという知恵を身につける必要がある。
まぁ悪いことをして稼ぐという方法もあるが、これだって警察組織などの存在意義にかかわってくることなので、大きな視点で見ると必要といえなくもない。

お金を稼げたり手に入れられるというのは、ようするにその人が持つ知識とか技術とかが一定ラインを超えた証明であると無理やりいえなくもない。

だからみんなお金を稼ぐことに必死になる。
いや、お金を稼ぐことに集中しすぎて、お金の使い方にまで気が回らないといったほうが性格だろう。

しかし、あなたがどんなことをしてお金を稼いでいるかで他人から評価されてるように、
あなたがどんな風にお金を使うのかによって、あなたの今後の人生が決まってくるといってもよいだろう。

どうしてそんなことが言えるのかというと…。
これはオタクと呼ばれる人たちを観察していればよくわかる。

オタクと呼ばれる人種は、お金の使い方がはっきりしている。
自分の好きなもの、ほしいものを手に入れるためなら、彼ら彼女らはあらゆることを我慢する。

例えば、アニメオタクなら…。
自分の部屋が多少暑くなろうとも、エアコンを買わずに自分が好きなアニメのDVDボックスを買ったりする。
そしてもし暑さに負けて、好きなアニメのDVDボックスを買わずにエアコンを買ってしまった場合には、心のそこから恥じて後悔する。

これだけ書くと「やっぱりオタクはしょうもない人種だ」と思うかもしれないが、よく考えてほしい。
こんな感じで自分の好きなものにお金を使い続けていればどうなるだろうか?

当然、他の人よりもその分野に関して詳しくなる。
さらに進むと、「この分野ならあの人に聞いたほうがよい」と周りの人間から一目置かれるようになる。

そうなってくると、もう仕事になる一歩手前。
いや、もう仕事としてやっていってもよいだろう。

するとめでたく、自分の好きなことでお金を稼げるようになる人生のスタートだ。
今回はぼくがわかりやすくするためにアニメオタクの例で書いたが、これはどんな分野でも言えることであることはお気づきだろう。

お金というものは、あなたのもとに来て終わりではない。
あなたの手を離れる瞬間まで、あなたという人間のセンスや個性が問われるものなのだ。

そのあたりのことを考えつつ、お金はありがたくいただき、未来の自分のためにありがたく使おう。

馬場村塾に行ってみた

2016年6月27日

先週の木曜6月23日に開催された馬場村塾に参加してきた。
馬場村塾とは、視覚障害者関連の人たちが集まってディスカッションするイベント。

会場は新宿リサイクル活動センター2階の会議室。
わざわざ名古屋の田舎から東京に出て行ったべー。

今回馬場村塾は第15夜。
プレゼンターは堀越喜晴さんで、テーマは「初めての障害学」。

あっというまの1時間プレゼンだった。
障害者1人いるだけで周りにどれだけの影響を与えているかという話が印象に残った。
簡単にいうと、団体の中に障害者が1人いると、その人中心になりがちになるのでほかの人が不満に思ったりするという現象が起こるという話。
そういえば、ぼくも幼いころ姉やクラスメイトに同じようなことを言われた記憶がある。

でもよく考えてみると…。
ぼくの場合は障害者問題になるけど、障害者がいなくてもこういうケースになることはけっこうあるきがする。

例えば…
中学とか高校のクラスメイトがAKBとかSKEとかHKTなどのオーディションに合格しちゃって、アイドル活動をしながら学校に通っちゃってる場合とか…。
会社の同僚が、副業などのプライベート活動で有名人になっちゃった場合とか…。

良い悪いに関係なく、人間は影響しあって生きている。
自分の人生の一部は他人が握っていて、他人の人生の一部を自分が背負っているということだな。