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来年はもっと…

2016年12月31日

今日で今年も終わり、明日からは2017年がスタートする。
だから今回はぼんやりと来年の計画なんかをゆるい感じで立てていこうかなーっと…。

今年はふしぎの海のナディアのネモ船長たちがエクセリオンを発掘し、なんとか戦える状態にまで復帰させたように…。
見えていたころに自分が作った過去の遺産を見えなくなった自分が再び掘り返し、10年以上のときを経て再び世に出すことができた。

文章にするとたった1行にまとめられちゃう。
なんか何にもやってない感じだけど…。

去年まではこんなことすらできなかったからねー。
まさに「千里の道も1歩から」ではなく「千里の道を1歩ずつ」である。

見えている人向けのプログラムを見えていない人向けに改造したり、
当時とはWindowsのバージョンが変わってしまっているから、ちゃんと動くように調整したり。
とはいっても、Windowsプラットフォームという前提条件は変わらないから、そんなにいじらなくてもすんだんだけどね。

たとえWindowsが新しくなっても、中核のプログラム部分はそんなに書き換えなくても動いてくれるんだからマイクロソフトはやっぱすげー。

なんかラブソングみたいだ(笑)。
たとえ時代が変わっても愛する気持ちは変わらない(みたいな…)。

わけわからなくなったところで、来年の話にうつろう。

来年楽しく過ごすためには、今年やってて楽しかったことをもっと深くひとつ上のレベルにもっていくことと、新しいことに挑戦すること。

見えていない人というのは、見えている人より娯楽が少ないからねー。
そのへん自覚して生きていかないと、あっという間に人生終わっちゃうから。

具体的には…。
来年はもっと実用的なアプリケーションを作っていきたい。

今年は発掘と移植で終わってしまったから、来年はもっとしっかり考えてみなに使いたいと思われるアプリを作っていきたい。
まぁ本当にできるかどうかは別として、理想は高くありたいものだ(笑)。

そんなわけで…
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

今年の終わり

2016年12月30日

今年は一年健康に過ごせたし、WindowsSDKとMFCでいくつかアプリを公開できたのでよい年だった。

特に、スクリーンリーダーでもVisualC++のMFCでみくみくオセロや、ノート程度のアプリなら作れることを確信できたのは大収穫。
SDKはコード量が増えるからめんどいけど、VisualC++の操作はほとんどないので論外。
その点MFCはらくちんだけど、ほぼすべてが親クラスで定義されているから、子クラスのどの部分を書き換えて再定義すれば目的のことができるのかを調べるのがたいへん。
VisualC++の操作もSDKに比べればたくさんあるし、やっぱりVisualというだけあってスクリーンリーダーだけだとかなりつらいこともわかった。

まぁでもぶっちゃけ、ある程度のプログラミングスキルと、スクリーンリーダーの操作や癖を理解していれば、ぼくのような盲人でもできることがわかった。

昔、VisualC++が6.0とかの時代。
わかりやすく言うと、Windows98とかWindows2000の時代。

あのころのスクリーンリーダーというのは、壊滅的にVisualC++を読まなかったから、今は大進歩だよ。
そりゃ今でも読まない部分はたくさんあるけど、今のぼくにはインターネットの発達という追い風と、工夫する知恵があるからね(笑)。

もう少し詳しく掘り下げるとだね…。

実はみくみくオセロのオセロ部分のプログラムというのは、昔作ったプログラムの再利用なんだ。
もともとHALに通っていたころ作ったものだから見えている人専用のプログラムだったんだけど、ぼくも見えなくなったことだし全盲でも使えるように改造してみた。

全盲になりたてのころは、スクリーンリーダーでVisualC++なんて読ませることできなかったから、封印してたんだけど…。
時が過ぎて、スクリーンリーダーの発達と、全盲としてのぼくのスキルがアップしたおかげで、今年やっと再リリースすることができた。

本当に長かった。

おかげで少しだけあのときの気持ちを思い出したよ。

実はノートも同じ。
昔作ったプログラムを改造したもの。

昔はアドレス帳として公開していたものを再利用したもの。
今さらアドレス帳なんて個性の出しにくいもの作ってもあまり意味ないから、データ構造の部分だけ持ってきて、むりやりメモ帳に組み込んだ。

どっちもたいへんだったけど、どっちも楽しく作れたからよしとしよう!

それとついでに…。
HAL時代のデータを発掘してたら、昔作ったテトリスのソースコードが出てきた。

できたらこいつも音声ガイドをつけて全盲でもプレイできるようにしてあげたいが、さすがに無理そうだ。
うーん、テトリスってどんな音声ガイドをつければ全盲でもプレイ可能になるのだろうか?

ブロックの種類はテトリス棒以外は点字で説明できそうだ。
例えば、点字の「ね」「す」「と」「し」は、それぞれテトリスに出てくるブロックの形になっている。
あとは、点字の「れ」と言ってもいいし、四角と言ってもいい。
この際、テトリス棒はそのまま「テトリス棒」という名前でいいだろう。

さらに…。
それぞれのブロックは、90度、180度または270度といった回転された状態で出てくるのが普通なので、このあたりもガイドしてやる必要がある。

こんな感じで落ちていくブロックだけならガイドできそうだが…。
積みあがっていくブロックに関しては、どうやってガイドすればよいのだろうか?

うーん、わからん。

誰かいいアイデアあったら教えて。

サンタからのプレゼント

2016年12月25日

いつのまにかクリスマス。
きみは良い子にしてたかな?(笑)。

もうクリスマスということは、来週の今日はもう来年だということで。
「来年から本気出す!」
とかマジで言えなくなっちゃう時期に入ってきたわけだ。

まぁぼくはいつだって本気と書いてマジと読むくらいの勢いで生きているつもり。
だから関係ないサー(笑)。

まぁ冗談はこのぐらいにして…。
今日はクリスマスだから、Kimuraサンタから今やってるお勧めのアニメをひとつ紹介してあげるよ。

そのアニメとは「かみさまみならい ヒミツのここたま」。

「かみさまみならい ヒミツのここたま」は幼稚園とか小学生向けのアニメなんだけど、バカにできないアニメである。
どんな話かというと…。

身の回りにあるどんなものでも大切に使っていると心がやどり、そこからここたまと呼ばれる神様の見習いが生まれてくる。
その神様見習いと契約した人間が力をあわせて自分の周りの人たちを幸せにしていくと、ハッピースターと呼ばれる幸せのエネルギーがたまっていき、神様に昇格できる。
そして神様に昇格したここたまは、契約していた人間の願いをかなえるというのが話の大きな流れ。

話の構造じたいはありふれたものだし、ほとんどのはなしは小さい子向けの話になっているから大人が見るには物足りない。
主人公は小学5年生の女の子だしね。
でもたまにいい話というか、すごい話があったりする。

例えば…。
ピーマン嫌いな同級生にピーマンを食べさせるという話がある。

ピーマンといえば子供が嫌いな食べ物の代表選手である。
主人公の女の子も、細かくきざんだピーマンを他の食材に紛れ込ませるところからはじめて、やっと何とか食べれるようになってきたレベル。
一緒に給食を食べてる同じ藩のクラスメイトも、ピーマンが出てくると敬遠していた。

でもこのままではいけないと思った主人公の女の子は、ここたまと一緒にピーマンツアーを計画し、クラスメイトを連れて行く。
ピーマンへの理解が深まれば苦手なものも克服できると考えたのだ。

ピーマンツアー当日。
ピーマン農家を訪れ、実際にピーマンを収穫し、取れたてのピーマンや自分たちで調理したピーマン料理を食べさせた。
ほとんどのクラスメイトはピーマンを克服していったが、ひとり頑固にピーマンを拒否し続ける子がいた。
結局その子は最後までピーマンを拒否し続け、一口も食べることなくピーマンツアーを終えた。

ここまでくるとピーマンが云々というのではなく、ただの食わず嫌いである。
ではそんな食わず嫌いな子に対して、どうすればピーマンを食べさせることができるのだろうか?

ここたまは神様見習いなので少しだけ魔法が使える。
でも魔法で強制的にピーマンを食べさせても、ピーマン嫌いを克服したことにはならない。
いったいどうすればいいのか…。

ある日の給食、ピーマンの肉詰めが出た。
いつものように藩に分かれて給食を食べていると、ここたまがこっそりピーマンに魔法をかける。
ピーマンを克服したクラスメイトはそのピーマンを食べ、あまりのうまさに感激する。
他の子たちも魔法のかかったピーマンを食べつぎつぎそのうまさに感激していった。

そうしてやがてテーブルには、食わず嫌いの子のピーマンだけが残った。

「食べないなら俺にくれよ、こんなにうまいピーマン残すなんてもったいない!」
と、ひとりの男子が声をかける。
「えぇ、食べないなら私にちょうだい!」
と、別の女子も声をかける。
そうして、俺にくれ!私にちょうだい!という感じで、食わず嫌いの子にみんなが詰めよる。

そんなみんなの勢いに押されながらも食わず嫌いな子は
「いや、これは俺が食べるんだ!」
と言ってピーマンを口にしそのうまさに気づく。

帰り道、主人公の女の子にここたまが、お昼のピーマン騒動のからくりを説明していた。
実は魔法をかけたのはピーマンを食べれる子のピーマンだけで、食わず嫌いの子のピーマンにはかけていないのだという。
だから、食わず嫌いの子は自らの意思でピーマンを食べ、自分の力でピーマンを克服したのだ。

以上、めでたしめでたしという話なんだけど、これってすごくない?

人間は他人が楽しそうに何かをしていると自分もしたくなるという心理がある。
食べ物も同じで、みんながおいしいおいしいって食べてるものって、実際にはそんなにおいしくなかったとしてもおいしく思えちゃう。

さらに、価値観のコントロールまでしている。
どういうことかと言うと…。

自分は無価値いや、今すぐにでも手放したいと思っているものなのに、こぞってみんながほしがっている。

こういうことが実際に起こると、自分の価値観がおかしいんじゃないかという錯覚が起こるんだよね。
そしてもしここでホントに手放してしまったら、自分はものすごく損してしまったんじゃないかと後悔しちゃう。

だったら、おいしくないかもしれないけど、ピーマンくらいだったら食べちゃえっということになる。
子供向けアニメなのに、このあたりの心理描写を上手に表現しているところがすごいと思った。

ここたまは来年春には映画もあるらしいので、ぜひあなたにもこの作品にふれてほしい。